『いまを生きる』あらすじ
名門私立アカデミーのウェルトン、新学期が始まった日、同校の卒業生であるジョン・キーティング(ロビン・ウィリアムズ)が英語教師として赴任する。彼は学生たちが固い学校の雰囲気とは違い、自由で新しい目で世の中に接することを望む授業方式でニール・ペリー(ロバート・ショーン・レオナード)など在学生たちを当惑させる。しかし、学生たちはキーティングの魅力にまってしまって、キーティングが在学中に作ったという「Dead Poets Society」というサークルを再現して毎晩集まるのに…。
『いまを生きる』感想
映画の中の仮想学校である「ウェルトンアカデミー」は1859年に設立され、スローガンは「伝統、名誉、規律、最高」である。
言葉を聞くだけで首が締め付けられるような単語で武装した同校は、卒業生の70%がアイビーリーグ(米東北部にある8つの名門私立大学、ハーバード、イェール、ペンシルバニア、プリンストン、コロンビア、ブラウン、ダートマス、コーネル大学を指す)に進学させ、父兄の絶対的な信頼を受ける教育機関だ。
すなわち、学生を名門大学に進学させることでアイデンティティを堅固にする教育機関として、当然学生もそこそこ上位階層の出身だ。
彼らは、自意であれ他意であれ、医療、法律、金融界への進出を目標に掲げ、学校に寄宿して学究に励む。
このような学校に新学期が始まった初日、2人が新たに校門を入ることから映画は始まる。
空席になった英語教師の席に来た「ジョン・キーティング」と転校生の「トッド・アンダーソン」(イーサン・ホーク)が彼らだ。
ジョン・キーティングは同校出身者として在学中に成績奨学生に選ばれ、卒業後に「オックスフォード大学」に進学した秀才で、「トッド」も秀才と言われた自分の兄が学校を卒業生だ。
「カルペ・ディーエム(Carpediem、現在に忠実であれ)」に象徴されるジョン·キーティングの教育方式は学校が今まで追求してきたそれとは全く違うものだった。
学生時代から学校で公認を受けたことのない「Dead Poets Society」という集まりを構成し、友達と討論して詩を朗読し、自由を享受した経験があるため、学生たちにもそのような自由さを強調する。
10代の年にただ勉強、そして社会的成功だけを志向する人生以外にも他のものがあることを見せたがる人生の先輩であり、先生としての切なさが教育方式として発現したものと言える。
しかし、このような教育方式に対しては好き嫌いでない賛否がないわけではない。
彼が強調する創意あるいは自由さが「いい加減な逸脱」に帰結され、人生に悪影響を及ぼさないという保障もないからだ。
だからといって「ウェルトンアカデミー」とその中の教師たちの教育方式が「正しくない」と断定するのも手に余るので、見る側の判断だろう。
それにもかかわらずこの作品は、「ウェルトン」という固さがあふれる学校の雰囲気と保守的な教師たちの姿からは、いかなる肯定的な面も見出せず、その中に飛び込んだ「ジョン・キーティング」とこれに同化した血の騒ぐ10代の少年たちの覚醒にもう少し耳を傾けさせることには異見がない。
結末から来る多少の苦さと虚しさはさておいても、内向的で受動的だった「トッドアンダーソン」の変化だけでも十分に得るものが多い作品でもある。
映画でいくつかだけを抜けば、韓国の教育現実と似ている面があまりにも多いためであり、親たちの子供たちに対する過度な期待も同じで、韓国でも多くの反響を呼んだりもした。
そのため、この映画を見て、各自の心の中に変化の種が芽生えたことはあるだろうが、映画が封切りして30年が経つ韓国の教育現実がむしろ悪化したことを見ると、まだ芽を出していないようだ。
この映画に感銘を受けた当時、10代の青少年たちがいつの間にか父母、教師、教育専門家、教育政策立案者になったにもかかわらず、ずっと話題になっていた教育現実を変えられずにいる今、まさにその証拠だ。
かなわなかった夢だからこそ、この作品が長い間、記憶に残っているのかも知れないが、
その他にも、故ロビン・ウィリアムズという名優のフィルモグラフィの中でも指折りの名作の一つに数えられ、当時二十歳になったばかりのイーサン・ホークのあどけない姿も印象的だ。
余談として映画タイトル<Dead Poets Society>を韓国では<死んだ詩人の社会>という意味の分からない翻訳が行われ、後々まで気になることもあった。
上でも述べたように映画タイトル「Dead Poets Society」は、ジョン・キーティングが学生時代に結成した詩朗読会の名前で、正確には「死んだ詩人を(記憶する)サークル」程度がふさわしいと思われる。
ジョン・キーティングが紹介した「O Captain! My Captain!」と同じ詩で紹介された詩人「ウォルト・ホイットマン(1819~1892)」のように故人となった詩人たちの作品を読んで論じていたこの集いに適したタイトルではないかと思う。
そして、「詩」を学問的態度に分解して意味を解釈しようとするのではなく、
学生たちが「詩」そのものが持つ自由を満喫することを願う「ジョン·キーティング」の望みが簡単には許されない「社会」であることを考えれば「詩人が死んだ社会」とも解釈する人もいる。
様々な意味で「ピーター・ウィアー」監督が9年後に監督する『トゥルーマン・ショー』とも通じる面がなくはないようにも見える。
どの社会でも学歴が重要なのは事実ですが、世界で自殺をたくさんする国家である韓国と日本で、青少年時代に勉強ではなく本当に大切で意味のあることが何なのかを考えさせられるあの時代の名画です。
『いまを生きる』情報
ポイント
監督:ピーター・ウィアー
キャスト:ロビン・ウィリアムズ、イーサン・ホーク、ロバート・ショーン・レナード、ジョシュ・チャールズ
この作品は『グリーン・カード』、『トゥルーマン・ショー』で有名なピーター・ウィアー監督の作品で、テレビドラマの脚本を書いた『トム·シュルマン』の1作目の映画シナリオです。
トム・シュールマンは1867年に設立された米国東部「テニッシュ」に位置し、7-12年生までの少年たちが教育を受ける名門私立アカデミー「モンゴメリーベルアカデミー」(Montgomery Bell Academy)出身です。
この作品に自分の学生時代の経験を一部溶け込ませたおかげで、こうした名作が誕生することができたのか、この作品で彼は第62回アカデミー賞授賞式で「脚本賞」を受賞する。
その後、彼が映画のシナリオで成功した作品は、同年1989年に公開された『ミクロキッズ』他には目立った作品はないが、2009年には会員数だけでも2万人を誇る「西部アメリカ作家組合(Writers Guild of America, West(WGAW)」の副会長に選出されたこともある人物である。
この作品は上記にも述べたとおり、事実をもたらしたものではない。
しかしトム・シュールマンはこの作品のキャラクター、ジョン・キーティングは「自分が在学していた当時の英語教師、サム・ピッカリング(1941~)先生をモデルにした」と明かした。
実際にモデルの教師サム・ピッカリングは大学院に進学する1年前にしばらく母校だったモンゴメリー・ベル・アカデミーでトム・シュルマンらの後輩を教えた。
その後、プリンストン大学で修士号、博士号を取得した同氏は、その後、大学教授として在職したこともある。
彼はこの作品が有名になり関心が集中すると、当時の独特な教育スタイルについて「生徒たちを悟らせるためというより、自分自身が楽しむために選択した教育方法だった」と話した。
すなわち、何か大げさな意図や教育的哲学を持っていた態度というよりは、多分に衝動的なものであるため、この映画以後、自分に何かとてつもないことを期待して質問してくる人々を負担に思ったと伝えられている。
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